人に期待しない生き方が最強【期待するから裏切られる】

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最終更新日 2024年5月6日

人に期待すると、その期待が叶わなかったときにストレスを感じるだろう。

日々の生活の中で「こうなるだろう」と人に期待した結果、思い通りにいかなかったときに嫌な気分になったことがある人も多いはずだ。

他人に対して「こうしてくれたらなぁ」、あるいは「こうしてくれるはず」と期待することで、それが叶わなかったときに相手に対して不信感や憤りを感じてしまう。

それも自分が勝手に期待しているのにも関わらず、である。

私は正直言ってポジティブな人間ではない。

でもネガティブな人間というわけでもなく、私は基本的に人に期待しないで生きている。

一見すると、「人に期待しない」という言葉はネガティブに聞こえるかもしれないが、人に期待しない生き方というのは決してネガティブなものではない。

ネガティブに生きるのと、人に期待しないで生きるのは似て非なるものであり、前者は悲観的な思考だが、後者は楽観的な思考に基づいているのだ。

 

人に期待しない生き方

人間というのは本質的には自己中心的な生き物で、いつも自分を中心に世界を見ている。

だが、人間が本質的に自己中心的だとしても、他人に迷惑をかけず、かつストレスフリーで生きられる方法がある。

それが、「人に期待しない生き方」である。

多くの人たちは、自分でも無意識のうちに色々なものに期待しながら生きている。

特に人間関係、その中でも恋愛ではほとんどの人たちが異性や恋人に期待しながら関係を築いている。

恋愛では相手に対して「好き」という感情を抱くと、自然とそこには相手に対しての「期待」が生まれる。

「自分の気持ちに応えてくれるだろう」

「自分はこうしたのだから、相手もこうしてくれるだろう」

愛情には期待が込められており、期待が満たされなかったときに異性から「裏切られた」と感じるのだ。

浮気にも同じことが言え、「付き合っているのだからほかの異性と遊んだりしない」という期待があるからこそ、コソコソ遊んだりされたときに裏切られたと感じる。

つまり、「期待」は「裏切り」という感情を生み出すものなのだ。

 

「人に期待しない」は「人を信用しない」ではない

勘違いしちゃいけないのは、「人に期待しない」ことは「人を信用しない」ことではない。

人に期待しないというのは、あくまでも「自分勝手に相手に求めすぎない」ということであり、他人を自分のおもちゃのように扱わないという意味である。

人に期待している以上、そこには必ず「叶ってほしい」という欲求が存在している。

人に期待している状態とは、言わば「他人は自分の思い通りに行動してくれるだろう」と自分勝手に他人を解釈している状態である。

つまり、極端なことを言えば、他人に期待しているあなたは他人を自分の思い通りに行動するおもちゃのように扱っているのだ。

私はこうした人間関係のストレスから自分を守るために、「人に期待しない生き方」を選んだ。

最近の若者はあえて1人になる「孤独な生き方」を選ぶ人が増えているというが、その生き方を選んだ根底には、人に期待することによる精神的なストレスが関連しているのかもしれない。

少なくとも、私はそんな1人である。

 

人に期待するから裏切りが生まれる

さきほども述べたように、「人に期待しないこと」と「人を信用しないこと」は違う。

「人に期待しない」というのは「人に依存しない」という意味でもあり、信用に依存は関係ない。

依存しなくても人を信用することはできる。ある意味「無償の愛」こそ信用の本当の正体だともいえるだろう。

現代人が異性に抱く愛情には、期待と依存がまとわりついている。

だが、期待と依存によって成り立っている愛情は見せかけの愛情であり、少しでも自分の思い通りにいかなければ「裏切られた」と叫び、すぐ自分を被害者として扱う。

自分が勝手に人に期待しているのにも関わらず、である。

それに対し、「無償の愛」というのは期待や依存、執着や見返りといったものは存在せず、ただ相手の人間性を信じている状態だ。

「こうしてくれるだろう」というのは期待だが、無条件の信用には「裏切り行為」そのものが存在しないため期待も存在しない。

よく言われるように、「裏切られたと感じるのは、裏切られたと思ったときだけ」なのだ。

そして、相手の行為が裏切りになるかどうかはあなたの他人に対する感情で変わる。言い換えれば、人に期待しているかどうかで決まる。

期待と裏切りはコインの表と裏のように、決して切り離せないものなのである。

 

人に期待しないのは自分を守るため

今振り返って考えてみると、昔はいつも人に期待しながら生きていた気がする。

だが、いつの間にか人に期待しない生き方が自分の人生のモットーになっていた。

人に裏切られたからなのか、何か嫌なことがあったからなのか、人に期待しなくなったきっかけは自分でもよくわからない。

しかし、「自分を守るため」に人に期待しなくなったのは確かである。

こうしてほしい、こうなるはずだろうと人に期待して思い通りにいかないことが私にはストレスだった。

「人生は思い通りにいかない」のは頭では理解していても、思い通りにいかないことがありすぎるとさすがに心が持たない。

勝手に人に期待して勝手に裏切られたと感じ、勝手に絶望して勝手に生きることに疲れる。

そのストレスに耐えきれず、人に期待しないで生きるようになったのだと思う。

人に期待しなくなったおかげで、人付き合いの些細なことに喜びや楽しみを感じられるようになり、人生の幸福度が増したとさえ感じている。

私にとって人に期待しない生き方とは、これ以上ないぐらい前向きでポジティブなものであり、精神的にもストレスがない安らぐ生き方なのである。

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